2012年2月5日日曜日

士気の集い・天木直人先生・潮匡人先生特別討論会を傍聴して


昨日は、ついに念願の保革双方の論者による討論会を聞く事が出来た。まずはこの会を主催した「士気の集い」千田様、そしてスタッフの皆様に感謝を表したいです。
討論自体も「日米安保」と「9条」という論点を絞った内容なので、進行も滑らかであり、論者も話しやすかったのでは無いかと思う。また天木先生は外交官僚として、潮先生は元自衛官のジャーナリストとして共に現場を経験しているため、言葉に非常に重みがあった。
主張として天木先生は「自衛隊はあくまでも国内限定のものであり、米国の傀儡同然の現状で自衛隊を海外に派遣していることはおかしい」、また「正義は力、すなわち軍事力では無く、もっと他に求めねばならない。ゆえにアメリカの傘から脱すべきである」、「中国に対しては軍事的な力で構えるのでは無く、外交力によって相対すべきである」、私感でみたらこんな風だろうか。
対する潮先生は、「イラクや北朝鮮、イランなど世界秩序を考えれば認めざるべき国家に対して、集団的自衛権を行使する現状は当然の事である」、「憲法9条がある限り海外派遣されている自衛隊は、自分の身を守ること、正当防衛の行使を行うことも難しく、こうした現状を、自衛官の命を守るためには9条を変えるべきである」というような現実路線に身を置いた論調であった。特に潮氏が述べた、「アメリカか中国か、どちらかを選ばねばならないなら、アメリカを選ぶ。」という言は本当に至言であった。
常々思うのだが、単純に平和だけを論じるのならば、革新系の論調には正当性がある。ただ彼らは現在の平和がどのように成り立ち、日本がどのような国家なのか、食料、資源に到るまで日本が自給出来る国なのかということを全く見向きしようとしていない。それゆえ、理想論だけで終わってしまうのであり、結局内輪だけで寄り集まるしかないのでは無いだろうか。しかし天木先生は現実を踏まえながら理想論にスタンスを置いているため、傾聴すべきものがあった。革新系の人にとって見たら、あまり面白くなかったであろうと推測する。討論会として、純粋な「面白さ」を追求するならば、「憲法9条を世界遺産にすべき」などいっている人達が出て来て欲しいと思うが、絶対出てこないんだろうなー。ゆえに今回の討論会は非常に学べるものであり、有意義なものであった。
双方いくつか口が滑りすぎであったと思ってのは、まず天木先生、「自主防衛強化論者は、かならず核武装を求める」という言葉であり、私は自衛隊は国防軍として認めるべきであ吏、日本の安全保障を考えれば技術的な強化は必要である(しかも国産が望ましい)と思っているが、しかし侵略行為や核武装を認めないことを憲法で明記すべきであると思っている。これについては私の憲法私案、「時代は変わる」の6章に少し書いたので、興味がある人は読んで欲しい。
潮先生は「世界システムの動態」という本を引き合いに出し、「これからの覇権国は島国でなければならず、それは日本である」といっていたが、現在の日本の政治状況、また日本の自給力、そして一部国際社会の印象、つまり1つは敗戦国であるということと、日本の植民地統治の印象が払拭出来ない限り、日本が覇権国になることは無理であるし、私はそれを望まない。イギリスが島国であって覇権国であったのは、世界中に広大な植民地があったためであり、現在のイギリスにはその力は無いだろう。そして次の覇権国の誕生は、この国際秩序、つまり第2次大戦における戦勝国主導の秩序を変える力を持つ、もしくは変えてしまう国であり、それは新たな大戦が起こらない限り変えられないだろう(付記すれば、よほど優れた政治家が出て、5大国以外の国家を、もしくは国連において過半数以上の票を確実にまとめることが出来れば可能性はある)。それを平和的に変えるのならば、宇宙にその機会を求めるしかないが、それは長期的すぎるかも知れない。

討論会の後の懇親会で、潮先生にお尋ねしたのだが、やはりこうした保革の論者が集まる討論会は初めてとの事。そういった意味においても「士気の集い」は、一歩先に進んでいる。ぜひこれからもがんばって欲しいと思います。
私も、「新歩会」を立ち上げ、3月17日に相模大野駅において街頭活動を始めようと計画しています。とにかく自分が前に出て、少しでも憲法改正、新たな憲法制定を望む人を集め無ければと思っていますし、そうした人が増えれば、新歩会で「自由討論会」を行ない、学ぶ機会を増やしたいと思っています。イデオロギーや主義といったものは、所詮後付けの評価であり、各人によって全く異なります。民主主義はそうした違いに機会を与え、それを考えた上で多数決によって決定してゆくという最善の、そして効率的な制度です。
皆さん、もっと周りの人の良識を信じて下さい。自分と同じ事を語っている人達だけが国民だと思わないで下さい。同じ事の中にも様々なアプローチがあり、異なるスタンスもあるのです。日本という国家が良い方向へかじを切るためには、多くの意見を聞く事であり、出切るだけ不満者を少なくする努力が必要です。そうした意味においても討論会は必要であり、現在力を持つ人達、また持とうと志している人達は率先して参加して欲しいものです。

0 件のコメント:

コメントを投稿